熊本地方裁判所 平成2年(行ウ)9号 判決 1993年12月24日
熊本県八代市日置町一二六番地六
原告
田上秀逸
右訴訟代理人弁護士
三浦宏之
熊本県八代市花園町一六番二号
被告
八代税務署長 佐藤正之
右指定代理人
増田保夫
新徳継秋
川満敏一
林田勝征
安東忠則
中田誠一
小松弘機
松永誠
福田道博
徳田実生
河野通法
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が平成元年六月二八日付けでした原告の昭和五九年分及び昭和六〇年分の所得税についての各決定処分及び無申告加算税の各賦課決定処分(昭和五九年分については、平成元年一二月六日付け異議決定により一部取り消された後のもの)をいずれも取り消す。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 原告は、会社役員であったところ、新日本証券株式会社(以下「新日本証券」という。)熊本支店に委託して、昭和五九年中に別表二の1ないし3記載のとおり合計株数六四万九〇〇〇株の株式の売買を行い、同売買により生じた所得の金額は四八一万五七三七円である。
なお、原告の昭和五九年分の給与所得の金額は四二〇万九〇〇〇円、配当所得の金額は一二万円であった。
2 同様に、原告は、新日本証券熊本支店に委託して昭和六〇年中の別表三の1ないし3記載のとおり合計株数八三万八〇〇〇株の株式の売買を行い、同売買により生じた所得の金額は六二二万五三七一円である。
なお、原告の昭和六〇年の給与所得の金額は五五六万五〇〇〇円であった。
3 原告は、右各年の株式の売買から生じた所得は、所得税法九条一項一一号イ(昭和六三年法律第一〇九号による改正前のもの。以下同じ。)、同法施行令二六条一項(昭和六二年政令第三五六号による改正前のもの。以下同じ。)の「継続的行為と認められる取引から生じた所得」に該当しない非課税所得であるとして、昭和五九年分及び昭和六〇年分の所得税の確定申告をしなかった。
4 これに対し、被告は、平成元年六月二八日付けで別表一の1、2の「決定及び無申告加算税の賦課決定処分」欄記載のとおり、所得税の決定処分(以下「本件決定処分」という。)及び無申告加算税の賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」といい、両処分を併せて「本件処分」という。)をし、これら各処分に対する原告の不服申立ての経緯は、別表一の1、2のとおりである。
二 争点
1 本件決定処分の適法性
原告の昭和五九年中及び昭和六〇年中の株式の売買回数がいずれも五〇回以上あったか否か、すなわち右行為から生じた所得が所得税法九条一項一一号イに規定する所得に該当するか否か。
2 本件賦課決定処分の適法性
第三争点に対する判断
一 争点1について
1 所得税法及び同法施行令は、有価証券の譲渡による所得については、営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得のみを課税の対象とする旨を規定し(同法九条一項一一号イ、同法施行令二六条一項)、その認定基準として、有価証券の売買の回数、数量、金額、取引の種類、資金の調達方法、売買契約のための施設その他の状況に照らして判断するものとしている(右施行令二六条一項)。そして、右施行令二六条二項において、当該年中における株式又は出資の売買の回数が五〇回以上であり、かつ、その売買した株数又は口数の合計が二〇万以上であるときは、右取引は営利を目的とした継続的行為と認められる取引から生じた所得とするとして、右認定基準に関し、売買回数と売買数量に基づく形式的基準を規定している。
この場合の株式の売買回数の算定基準であるが、顧客が証券会社に委託して株式の売買取引を行う場合、株式の売買回数は、委託を受けた証券会社が証券市場において行う取引の回数によって算定すべきではなく、顧客が証券会社に対してした委託契約の回数によって算定すべきものである。そして、顧客が証券会社に対してした委託契約の回数の算定は、結局、当事者の意思解釈の問題であるが、一般的には、株式の銘柄、値段、数量、売付けと買付けの別、注文の有効期間等を要素とする注文の回数に還元できるというべきである。
2 原告の昭和五九年及び昭和六〇年中の株式の売買数量がいずれも二〇万を超えていることは争いがない。そこで、委託契約すなわち注文の回数の算定方法について検討する。
(一) 甲第二九、第三〇号証によれば、証券会社に委託して行う株式又は出資の売買の回数について、所得税基本通達9-15及びこれを受けた個別通達昭和四六年一月一四日付け直審(所)2、直所1-1(証券会社に委託して行う株式または出資の売買回数の取扱いに関する証券会社の処理要領について)においては、一個の委託契約に基づく売買取引であることの立証手段として、証券会社が作成し、顧客に交付するものとされる注文伝票総括表が予定されていたことが認められる。しかし、本件の株式売買が行われた昭和五九年ないし昭和六〇年当時、新日本証券熊本支店において、右注文伝票総括表が作成されていなかったことについては、当事者間に争いがない。そこで、このような場合、一個の委託契約に基づく売買であることをどのように認定すべきかにつき検討する。
(二) 乙第三号証、第五号証、第一一号証及び証人打越隆の証言並びに弁論の全趣旨によれば、
(1) 新日本証券においては、顧客から株式等の売買委託の注文を受けた同社支店の営業担当者(以下「担当者」という。)がその都度、各委託ごとに売と買、銘柄ごとに別個の用紙で株式委託売付(若しくは買付)注文伝票(以下「注文伝票」という。)を作成し、その注文伝票をもとに支店に設置された端末機から同社本店株式部のコンピューターに顧客の注文内容を入れ、同社本店株式部の担当者がその注文を証券市場に送り、顧客の注文内容に沿って取引を行うこと
(2) 右注文伝票は、証券会社に関する省令(昭和四〇年大蔵省令第五二号)一三条に基づき証券会社が作成を義務づけられた法定帳簿であり、自己又は委託の別、顧客名、銘柄、数量、指値又は成行の別、取引の種類、受注日時、約定価格等を記載し、日付順につづり込んで保存することを要するとされているものであること
(3) 注文伝票の右下の「注約(若しくは注文)No.(以下「注文No.」という。)」欄の数字の下二桁は、新日本証券の本店株式部のコンピューターが支店からの注文を受け付けた日付(以下「注文日」という。)を表し、下二桁の部分を除いた数字は、その日に本店株式部のコンピューターが本店及び全支店からの注文を受け付けた一連番号を表しており、同じ番号は存在しないこと
右「注文No.」は、顧客の注文を受けた担当者が、それぞれの端末機を使って本店株式部のコンピューターに注文を入れ、注文伝票の内容と入力内容を照合し、端末機の確認キーを操作すると、支店の端末機の画面にそのナンバーが表示されるシステムになっており、そのナンバーを転記したものであること
の各事実が認められる。そして、注文伝票が証券会社と顧客との間で委託契約が締結された場合、最初に作成される原始的記録であり、顧客とのトラブルを防止するという目的からも正確に記載されるべきものであることを考慮すると、注文伝票は顧客からの注文の回数を反映したものと認めることができるから、委託契約の数は注文伝票が作成された回数を基礎に算定するのが相当である。
もっとも、一つの注文の一部については売買が成立したが、残りについては次の場以降に売買が成立した場合(いわゆる内出来の場合)には、顧客からの注文は一つとみるべきである。乙第二号証の二四及び前掲打越証言六七ないし七一項によれば、この場合、先に売買が成立した部分の注文伝票には「内出来」の印が押捺され、後に成立した部分の注文伝票の「注文株式数」欄に分数で当初の注文株数と成立株数が記され、「注文No.」欄には前の注文伝票と同じ数字が記入されることになっていることが認められるから、注文伝票にそのような記載がある場合には、注文伝票の作成回数にかかわらず、委託契約の数は一回と算定すべきである。
しかし、前掲打越証言五九項、一四五ないし一五六項によれば、注文伝票の「出合指定」欄に出合区分の記載がない場合、注文は当日限りであって、注文の一部のみについて売買が成立し、注文伝票に「内出来」の印が押捺された場合でも(乙第一号証の三一、第二号証の六七、六八参照)、注文当日の属する週の土曜日までに残余部分につき売買が成立しなかった場合には当初の注文は終了し、出合注文として残った未出来部分をなお維持する場合には、翌週以降に新たな注文が必要となることが認められる。したがって、翌週以降に、右と同様に残余部分に該当する株数の売買が成立した場合には、新たな注文による売買ということになる。これらの場合には、注文伝票の作成回数に従って算定することになる(乙第一号証の三一及び三三参照)。
さらに、一つの注文の一部についてのみ売買が成立した後、執行条件が変更され、その結果、当初予定していた株数の売買が成立した場合には(乙第二号証の六七及び六八参照)、執行条件の変更により新たな委託があったとみるのが相当であるから、この場合にも注文伝票の作成回数に従って算定すべきである。
(三) これに対し、原告は、委託契約の回数は、受託者たる証券会社が行った売買の回数ではなく、委託者と受託者との間の委託契約の回数によって判定すべきであり、その判定の方法としては、当初の注文時における委託契約の内容、趣旨によって定まるべきものであり、売買の動機、株式取引の連続性、一体性、代金決済の必要性等も考慮し、総合的かつ個々的に、委託契約の個別性を判断すべきであると主張する。そして、前掲甲第三〇号証によれば、二銘柄以上の株式を同時に売(又は買)委託した場合に、それが一つの委託契約にかかる売買か、銘柄ごとの委託契約かは、注文伝票等からは立証が困難とされていること、また、前掲打越証人の証言によれば、証券会社においては、本件取引当時、本件のようなケースで課税された事例がなく(同証人の証言七四項)、注文伝票総括表の意味も十分に把握していなかったこと(同一二七項)、注文伝票に記載された注文日時は実際の注文日時とずれた場合があったこと(同一〇七項、一三六、一三七項)、注文伝票には内出来の表示は実際上ほとんどなされていなかったこと(同六七項)、一つの銘柄につき同じ日時に執行日を異にする依頼をした場合、注文伝票には、注文を受けた日時ではなく、証券会社が注文を出した日を注文日時として記入し、内出来の表示をしていなかったこと(同一三二、一三三項)等の事実が認められるうえに、注文伝票はそもそも証券会社の内部書類にすぎず、委託者・受注者双方にとって重要なことは指示された条件を忠実に執行することであるから、注文伝票の受注日時は、事務処理に混乱を来さない程度に適当に操作して記入されているのが実態であって、注文伝票の注文日時は、複数の執行を依頼した場合の最初の注文日時を除いて、実際の日時と異ならざるを得ず、注文伝票のみによって注文契約の回数を算定し、委託回数を算定することはできないと主張する(原告第七準備書面二項、第八回準備書面二項2)。
また、決済資金の手当てを絶えず念頭に置いており、常に一回(同一日時の注文)の取引において決済がどうなるかを考えて取引を行っていた原告は、注文日が同じであれば、執行日が異なっても、同じ日に清算され、取引が一回(同一日時の注文)であることが明らかになる顧客勘定取引経過問い合わせアンサー(いわゆるアンサー)を基礎に、注文回数を算定してきたもので、証券会社においてもアンサーの元となっている顧客勘定元帳によって取引回数を算定していたから、被告においてもこれによって取引回数を算定すべきであると主張する(原告第八準備書面二項1(1))。
(四)(1) たしかに、前掲打越証人の証言によれば、注文伝票の受注日時の記載が注文を受けた時間になされていない場合もあることが認められる。そして、乙第一号証の一ないし六七及び第二号証の一ないし七一によれば、注文伝票の「注文No.」欄の注文日と受注日の記載が一致しない例が、被告主張の注文回数に従えば、昭和五九年分については六七回(うち二回は判読不能)中一四例、昭和六〇年分については七一回中四例あることが認められる。
しかしながら、原告自身が注文日以降に執行するように条件を出したことが多数回ある旨主張していることからみて、注文日と受注日の記載が一致しない場合のあるからといって、その事実から顧客から委託を受けた担当者が実際の注文日と違う日を注文伝票に記載した結果だとは言えないというべきである。また、「注文No.」欄の注文日と受注日の記載の異なる例が存するということは、例えば同一機会に執行日を異にする取引の依頼を受け、証券会社の担当者が後の執行日の伝票を後日作成した場合にも(打越証言一三二、一三三項参照)、受注日欄の記載は、伝票作成日ではなく、遡って実際に注文のあった日時を記載していたものと推認させるから、原告の指摘するように、伝票の作成が適当に操作されていたとしても、受注日時欄の記載は、具体的反証のない限り、現実の受注日時を反映しているものと認めるのが相当である。しかも、前掲証人打越の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告の売買注文については、必ず原告から電話で注文し、証券会社の担当者から勧誘して注文させることはなかったこと、その注文内容も、打越からみて、癖のある難しい注文が出る例が多かったことが認められるから、打越ら新日本証券熊本支店の担当者は、原告からの注文に対しては、通常の顧客以上に注意を払って注文伝票を作成していたものと推認することができる。そして、その余の多くの注文伝票の注文日時の記載の正確性については原告は争っていない。
したがって、注文伝票は一般的には正確に記載されていたというべきであり、注文日時の正確性を争う原告の主張は採用することができない。
(2) また、顧客勘定元帳は、各顧客につき一日ごとに成立した売買の内容を集計する性質の記録であり、前掲乙第五号証によれば、約定月日、株数、単価、金額等は記載事項とされていることが認められるものの(甲第一〇号証参照)、右元帳からは約定結果しか判明せず、注文行為の単複を判断する要素である注文日時や、売買回数を算定するうえで重要な判定要素である注文条件等が記載されていないため、これにより注文日が同じであれば、執行日が異なっても同じ日に清算されることが明らかになるとしても、これをもって売買回数算定の唯一最良の資料とみることはできない。前記のとおり、証券会社の担当者が顧客からの注文を受けて最初に作成する法定帳簿は注文伝票であり、顧客勘定元帳等の他の帳簿類は取扱者がこの伝票に基づいて市場に注文を入れた結果等を集計していく二次的性質の記録にすぎない。
加えて、原告の主張する売買回数は、顧客勘定元帳を元として原告に提供されたいわゆるアンサーを参照しながら算定したはずであるが、昭和五九年分については、別表二記載のとおり、当初の四〇回から四三回、四二回、三九回と変遷し、昭和六〇年分についても、別表三記載のとおり、当初の四六回から四五回、四四回と変遷しているのであり、原告が株式の売買回数についての非課税枠が五〇回未満であることを認識し、これを念頭に取引していた旨供述していること(原告本人尋問の結果一四三、一四四項)に照らせば、このように売買回数についての主張が変遷するのは不合理というべきであるから、いわゆるアンサーひいては顧客勘定元帳が委託契約の回数算定の基礎となるとするには疑問があるといわざるを得ない。
したがって、顧客勘定元帳を基礎に注文回数を算定することはできないというべきである。
(3) さらに、別表二及び三に記載するような原告主張の算定方法であるならば、原告の注文する前日に既に注文がなされたことになり(別表二の区分番号8、17、36、38、39、48、65、66、別表三の区分番号19、20、21、51)、あるいは、原告は委託者と受託者双方にとって重要なことは指示された条件を忠実に執行することであると主張しているところ、原告の指示した条件とは異なって執行されたことになる(別表二の区分番号16、17、20、24、37、43、45、59、別表三の区分番号5、8、9、25、34)など、その主張は不自然・不合理であり、矛盾するものといわざるを得ない。
結局、委託契約の回数の算定方法及びそれに基づく売買回数についての原告の主張は、採用することができず、本件における原告の株式の売買回数を算定するについては注文伝票によるのが相当である。
3 注文伝票である乙第一号証の一ないし六七及び第二号証の一ないし七一により、前記の基準に従い、原告の売買回数を算定すると、昭和五九年分が別表二の1ないし3のとおり六二回、昭和六〇年分が別表三の1ないし3のとおり六九回であることが認められる。
右各年中の売買株数が、昭和五九年中は六四万九〇〇〇株であり、昭和六〇年中は八三万八〇〇〇株であることについては、前記のとおり争いがないから、右各年中の株式売買は、所得税法施行令二六条二項に規定する場合に該当し、原告の右各年分の株式売買による所得は、同法九条一項一一号イに規定する所得として、課税の対象となる。
そして、原告が右各年中会社役員であったことについては争いがなく、原告が常業として有価証券の取引又は買集めを行っているとは認められないから、右株式売買による所得は、所得税の課税対象となる雑所得に該当することになる(所得税法基本通達9-13)。
4 右認定の結果及び前記争いのない事実によれば、原告の雑所得金額は、昭和五九年分が四八一万五七三七円、昭和六〇年分が六二二万五三七一円となる。また、前記争いのない事実によれば、右以外の原告の所得は、昭和五九年は給与所得が四二〇万九〇〇〇円、配当所得が一二万円であり、昭和六〇年は給与所得が五五六万五〇〇〇円であるから、原告の総所得金額は昭和五九年分が九一四万四七三七円であり、昭和六〇年が一一七九万〇三七一円となる。
したがって、本件決定処分(昭和五九年分については平成元年一二月六日付け異議決定により一部取り消された後のもの。以下同じ。)にかかる総所得金額は、右総所得金額の範囲内にあるから、本件決定処分は適法である。
二 争点2について
右のとおり本件決定処分は適法であり、また、本件決定処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実は国税通則法六六条一項ただし書に規定する正当な理由がある場合に該当しない。よって、同条一項本文の規定に基づいて無申告加算税を賦課した本件賦課決定処分は適法である。
三 結論
以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 江藤正也 裁判官 秋吉仁美 裁判官 大薮和男)
別表一の1
課税の経緯表(昭和五九年分)
<省略>
別表一の2
課税の経緯表(昭和六〇年分)
<省略>
別表二の1 株式取引明細書(昭和59年分)
<省略>
別表二の2 株式取引明細書(昭和59年分)
<省略>
別表二の3 株式取引明細書(昭和59年分)
<省略>
別表三の1 株式取引明細書(昭和60年分)
<省略>
別表三の2 株式取引明細書(昭和60年分)
<省略>
別表三の3 株式取引明細書(昭和60年分)
<省略>